「心の声」9彼との会話はつい言葉に出さずに伝えてしまう。 お互い心の声が聞こえると思うから。 でも、それだけでは伝わらないものもある。 妊娠してから、彼との行為避けてきたけど、 もう安定してきたし・・・。 ぬくもりが欲しいと思ってしまう。 分かり合えるのは彼とだけだから。 幽霊の夫婦に見られてるようで恥ずかしいけど。 彼らにも刺激になるかな。 幽霊になっても一緒に居られるなんて、 ある意味うらやましい。 生前はそれほど仲良くなかったみたいだけど。 それにしても、死んだ時の記憶がないというのは、 眠っている間に死んだのか、殺されたのか。 つい考えてしまうのだ。 息子はどうしているのかしら。 考え続けていたら、まるで呼び寄せたように、 突然息子の幽霊が現れた。 やはり両親を殺して、自殺していたのか。 そういうふうに婉曲に聞くと、 息子は逆だと言った。 家庭内暴力に悩んだ末なのか、 眠ってる息子を二人で殺したらしい。 そして、息子を森に運び、心中したのだ。 でも、なぜ記憶がないのだろう。 人は辛い過去を記憶から葬りさるという。 息子を殺したことも、自分達が後を追ったことも忘れたかったのか。 この家にとどまり、小さい頃の息子を懐かしんでいる。 息子は家に戻りたくなかったのか。 でも今頃戻ってきたのはなぜ? さまよっているうちに、この家に辿り着いてしまったという。 やはり帰る場所はこの家しかなかったようだ。 どちらにしても、哀しい親子だ。 こういうことでしか、愛情を示せなかったのか。 もっと生きてるうちに話し合えばよかったのに。 今も、息子は両親に会おうとしない。 両親も息子の存在に気づきながら、近づいてこないのだ。 私が橋渡しするしかないかな。 彼はなぜか見て見ぬ振りなのだ。 自分の家族を見ているようで辛いのかもしれない。 私だって、まだ両親にはわだかまりが残ってる。 でも、だからこそこのまま放っておけないのだ。 嫌がる息子の手を引っ張りたいところだが、 幽霊だからそうはいかない。 言葉で急き立てて、両親のところに連れて行く。 お互い目をそらして、見ようとしない。 「幽霊になってまで逢いたかったんじゃないの? まだ過去を引き摺ってるの?」 私がそう言うと、ようやく顔を見合わせた。 両親は済まなそうに息子を見つめ、 「手にかけてしまって、申し訳なかった。 許して欲しいとは言えないが、お前を犯罪者にはしたくなかったんだ。 お母さんを殺してしまいかねなかったから。」と父が言う。 母は、ただ涙ぐむだけで何も言えない。 「そうかもしれないけど、 なんでそう言葉で言ってくれなかったんだ。 僕と話すことさえ避けていたじゃないか。 苦しんでることを分かって欲しかったんだよ。」 息子は泣きながら言っていた。 こういうことを生きてるうちに伝えておけば、 こんな不幸は起きなかったのかもしれない。 心の声が聞こえたら良かったのに。 息子が手を差し伸ばすと、 両親が吸い寄せられるように近づいて、 三人で抱き合って泣いていた。 私までもらい泣きしてしまう。 三人の姿が、だんだんぼんやりと薄れてきた。 今度こそ思い残すことなく、 天国にいけるのだろうか。 それとも地獄へ? ともかく三人一緒ならいいよね。 「ありがとう」 遠くから声が聞こえた。 私も、彼と生まれてくる子どもとで、 生きてるうちに話し合える家族を作ろう。 たとえ子どもは心の声を聞こえないとしても、 分かり合えるように。 (完) ジャンル別一覧
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